桐野夏生「バラカ」のメディア的読み方

 桐野夏生の新作小説「バラカ」。東日本大震災と原発事故を題材に、日系ブラジル人労働者夫妻の女の子「バラカ」が、大人たちに翻弄されながらもあらがって生きる姿を描き、虚構ながら今の日本のもろい現実を語る傑作だ。いくつかの評論がなされているが、メディアに携わる人間としては、今日のメディアの危ない姿を読む、「もう一つの読み方」を論じておきたい。
 小説で、物語を構成する人物としてメディア関係者が登場するのは、ドバイの巨大ショッピングモールの一角に隠されたベビースーク(赤ん坊市場)にバラカを買いに行った出版社編集者と、取材を兼ねて同行した学友のテレビ局ディレクターだけだ。編集者が作家にセクハラされる場面や、テレビ局の企画会議の情景は出てくるが、これは「読み方」とは関係ない。桐野はここでメディアの問題を描こうとしているのではない。
 桐野が小説の後半で、大震災から8年後の2019年の日常を描くとき、「メディアはどうなっているのだ」と想像して、私たちは読まないといけない。福島の4基の原発爆発で東日本が壊滅し、裕福な人々は西日本や外国に逃げ、テレビ局も大阪に本社を移し、2020年の大阪オリンピックで浮かれる日本。被災地では外国人労働者と忘れられた被災者が残る。反原発にかかわる人は、原発推進の闇の勢力や権力によって、消されたり冤罪で逮捕されていくが、メディアはそのことは伝えていないようだ。
 「来年に迫ったオリンピックの工事が、急ピッチで進んでいます」というナレーション、テレビは10万人収容のメインスタジアムを映し出す。甲状腺摘出の傷跡が首に残るバラカが、大人たちに連れ回されたあげく、悪魔的に顔を整形した義父に軟禁される。「俺は広告代理店を経営していて、今は政府とのプロジェクトを進めている。フクシマの復興政策だよ。そのために、おまえの力が欲しいんだ」。小学校のプール授業にはディレクターとカメラマンが来ていて、バラカの飛び込み台の姿は、7時の全国ニュースで流れる。「フクシマの子供たちがプールで歓声」というテロップを付けて。
 権力が人々を沈黙させる不気味な近未来。メディアは、報道を続けている。桐野は具体的には書いていないが、それは人々の目を現実から背ける為の報道と、読みとることが出来る。
 (「明るく、楽しく、元気」な報道は、人々を真実から遠ざける危険性がある。拙著「増補 実践的新聞ジャーナリズム入門」をお読み頂きたい。)

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